ドーハの悲劇、それは28年前の1993年10月28日だった。まだ若かった自分が、どこでどのようにして応援していたか鮮明に覚えている。
米国で開催される1994 FIFAワールドカップ(W杯)への初出場をかけて、カタールのドーハで開催されたアジア地区最終予選。その最終試合は10月28日、イラクと対戦した。
結果は2-1でリードしていたロスタイム、コーナーキックから同点ゴールを決められ引き分け。得失点差で2位の韓国に及ばず、日本が最終予選3位に転落。その結果、W杯の初出場は叶わなかった。まさに日本サッカーにとって悲劇だった。
その後、フランスで開催される1998 FIFAワールドカップに、今度は一転して「ジョホールバルの歓喜」という劇的なストーリーを経て、初出場を果たし、以降、日本・韓国、ドイツ、南アフリカ、ブラジル、ロシアと6大会連続の出場を果たしている。
しかし、7大会連続の出場に、やや赤みがかった黄色信号た灯っている。11月11日のベトナム戦、11月16日のオマーン戦、どちらもアウェーだが、連勝を期待している。